滑走路の要らない旅客機 

――新しいV/STOL構想――


尾部に推進用ダクテッドファン2基をつけたシコルスキー案 

 

 

「滑走路よさらば」(Farewell to Runway)という言葉を聞いたのは、もはや40年近く前のことであったか。当時のヘリコプター関係者の気持ちを大いに昂進させたものである。

 そして今、新しく「滑走路の要らない航空機」(Runway Independent Aircraft:RIA)という構想が聞かれるようになった。これも興味を掻き立てられずにはいられない。

滑走路無用の意気込み

 滑走路無用の意気込みの下、1960年代なかばのアメリカではニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、サンフランシスコでヘリコプターの定期運航がおこなわれ、欧州ではサベナ・ベルギー航空がブリュッセルからパリ、ロンドン、アントワープ、ケルン、ボン、ルクセンブルグなどへシコルスキーS-55やS-58を飛ばしていた。アジアでも東西2つのパキスタンの間で、インド上空をまたぐようにしてヘリコプター定期便が飛んだ。

 日本では大阪市内から伊丹空港へ、大分から別府、阿蘇、熊本へ、福岡から対馬へ、東京から伊豆へと、いくつものヘリコプター定期路線が開設された。

 いずれも、一部の例外は別として、シコルスキーS-61やバートル107などの大型機を使う本格的な旅客輸送である。30人近い座席数も、かつてのDC-3を思わせ、これでヘリコプターによる旅客輸送が軌道に乗ると考えられた。

 しかし1970年代後半になるとことごとく姿を消した。国の補助金や国営航空の余裕がなくなり、採算が合わなくなったためである。そこで80年代、改めて小型ヘリコプターによる運航が始まった。リスクを減らして再出発しようという試みだが、成功例は少ない。1990年代に始まったものも含めて、現在おこなわれているヘリコプター定期運航は、ほぼ別表の通りである。

 それぞれ特殊な条件を持った運航ばかりで、モナコ線を除いてはすべて海越えの路線である。そのうえ伊豆諸島の運航には東京都の補助金が出ている。またマカオとモナコへの路線はカジノが背景にある。カジノ観光地へのヘリコプター運航は、かつてニューヨークからアトランティックシティへ、マレーシアのクアラルンプールからゲンティン・ハイランドへの路線もあった。

 ゲンティン線は50kmほどの区間で、車ならば1時間ほどかかるところをヘリコプターは10分ほどで飛んだ。しかし、格納庫が火事になって、中にあったベル212ヘリコプターが焼失して運航は中断した。ギャンブルに負けた人が腹いせに火を放ったのではないかという嘘のような本当のような話を聞いたこともある。

ティルトローターに注目

 ヘリコプターをこのような公共交通機関として使う場合、いつも問題になるのは「パブリック・アクセプタンス」である。つまり一般社会に受け入れて貰う必要があるわけだが、それにはもっとコストを引き下げ、騒音を減らし、安全性を高めなくてはならない。この10年間、ヘリコプター関係者は技術者や研究者を中心として、そのための努力を重ねてきた。

 その結果、まだ実用段階に達したとはいえないが、旅客輸送をめざすロータークラフトの最近の動向について、AHSインターナショナル(国際ヘリコプター学会)の機関誌『ヴァーティフライト』(VERTIFLITE)2002年秋季号がまとまった記事を掲載している。著者はシコルスキー社を1999年に定年退職したジョージ・プライス技師。以下それを読んでいこう。

 ロータークラフトによる旅客輸送の必要性は1980年代、航空需要が増えつづけ、空港の混雑がひどくなるにつれて、強く認識されるようになった。そして1990年代に入ると、ヘリコプターと同時に、ティルトローターが重視されるようになる。それまでのNASAと米陸軍によるベルXV-15の実験の結果が良好だったためであろう。

 そこでアメリカ議会は1992年「民間型ティルトローター開発諮問委員会」(CTRDAC)を設置、運輸省を中心にメーカー、航空会社、研究者、技術者など約30人の委員を任命、3年間にわたる調査と検討を進め、その結果を95年末発表した。

 結論は、民間型ティルトローターは技術的に実用可能であり、空港の発着容量を拡大し、遅延を減らすことができる。そして都心部や都市近郊にヴァーティポートが設置されるならば経済的にも成立する。したがって機材の開発技術と施設の整備方策については、引続き実現のための検討が必要というものだった。

 その後も空港の混雑はますますひどくなったが、具体的な対策は打てないままに推移した。2001年9月の9.11テロによって、旅客需要は一時的に減ったものの、2003年中にはテロ以前の状態にまで回復し、2004年からは年率4%の割合で伸びてゆくと見られている。いずれにせよ多くの空港が飽和状態になり、定期便の遅延はますますひどくなる傾向にある。

飛行の遅延による損害

 そこで、主要なハブ空港で500マイル以下の近距離旅客がVTOL機を使うようになれば、単に近距離の旅行時間が短縮されるばかりでなく、長距離客の乗降も楽になり、空港全体の発着容量は4割ほど増大するという計算も出てきた。

 また2001年5月、NASAはアメリカ下院の宇宙航空小委員会に対し、典型的なハブ空港では発着機の4割が近距離便だが、それに乗っている旅客は全体の2割に過ぎないという調査結果を提示した。したがって近距離便には滑走路の要らないランウェイ・インディペンデント・エアクラフト(RIA)を使うようにすれば、長距離便の発着容量は大きく増える。むろん新しい滑走路をつくる必要もないから、費用はかからず、政治的な精力を費やすこともないというのである。

 では空港混雑による発着便の遅れがどのような損害をもたらしているか。いま定期便の遅れを1便について1分ずつ短縮することができれば、全米では年間およそ20万時間の節約になる。普通の旅客機は飛行1時間あたり5,100ドルの収入があるから、1年間に10億ドル以上の損失が救われる。とすれば大手エアラインにとっても、自らのハブ空港におけるフィーダー路線にRIAを導入する積極的な動機づけにもなるであろう。

 しかるに何故そういう試みが実現しないのか。大手エアラインが自らの運航システムにRIAを導入し、多数の旅客にRIAに乗って貰うためには、RIAが今の旅客機同様に天候に左右されることなく、快適で、安全で、静かで、経済的でなければならないからである。

 そうしたパブリック・アクセプタンスの目標に近づきつつあるのがBA609ティルトローター機やS-92旅客ヘリコプターだ、とプライス技師はいう。かつてロータークラフトの設計目標はターボプロップと同程度という目標だったが、今や近距離路線でも、旅客やエアラインの要求はリージョナル・ジェットなみということになってきた。RIAの関係者は、そうした要求にも応え得るという確信をもって開発作業にあたっている。

時間価値を生み出す

 交通機関の経済性は通常、シートマイル・コストではかられる。そのため、これまでRIAの設計者は、速度を上げてシートマイル・コストを引き下げ、生産性を高めようという考え方を取っていた。しかし速度を上げようとすると、機構が複雑になり、必要馬力が増し、燃費が増え、自重が増加する。したがって速度が増したけれどもペイロードが下がり、運航コストが上がり、生産性は相殺されるという結果になりかねない。

 そこで、もうひとつ希望の持てる要件は旅客の時間価値である。平均的な旅行者は1時間あたり20ドルくらいであろう。けれどもビジネス旅行者の時間価値はもっとはるかに高い。したがって、ビジネス客の多い路線で時間価値を考えるならば、RIAも経済的に成立すると見ることができる。

 航空機が出発空港のゲートを離れて、目的地のゲートに到着するするまでを考えると、タキシング、滑走、上昇、巡航、降下、滑走、タキシングといった行程になる。そのうち巡航時間を除くと、大型ジェット旅客機では空港内の移動や上昇、降下に45分ほどかかる。またターボプロップ機は25分ほど必要である。したがって200マイルくらいの区間を180ktのヘリコプターで飛ぶならば、目的地への到着時間は固定翼機よりも早くなり、ビジネス客の無駄な時間が節約されることになる。

 さらに上述のように、RIAは空港混雑を解消してくれる。プライス技師の計算では、典型的なハブ空港で全体の1割の便がRIAに変わり、残りの固定翼便の発着遅延が1便平均2分ずる短縮されるならば、1日75,000ドルの節約になる。この節約額の半分でもRIA運航の助成金として使われるならば、RIAは乗客マイル当り10セントの助けになろう。言い換えれば、RIAのコストが普通の旅客機の2倍であっても、ハブ空港へのフィーダー路線で利益を上げることができる。

メーカー3社のRIA構想

 こうした可能性にもとづいて2001年初め、ベル、ボーイング、シコルスキーの3社は、NASAの「ロータークラフト・プログラム」資金を受け、高速RIAの概念設計と、その開発に必要な技術について研究をおこなった。

 結果は表2の通り、ベル社がクォド・ティルトローター、ボーイング社が発達型ティルトローター、シコルスキー社が逆速ロータークラフトという概念を生み出すに至った。

 ベル社のクォド・ティルトローター(Quad Tiltrotor)はかねて軍用輸送機として提案されていた形状で、胴体前後に固定翼をつけ、それぞれの両端に今のV-22に使われているようなティルトローターを取りつけるもの。総重量35,800kgで乗客は90席になる。

 シコルスキーの逆速ロータークラフト(Reverse Velocity Rotorcraft)は後退側ブレードの揚力を落とすことなく、ローターの抵抗を15%減らし、失速特性を改善した翼型を持つ。ブレード数は8枚だが、個々のブレードを別個にコントロールする。エンジンは3基。トランスミッションは回転数が2段に切り替わり、垂直飛行中は回転が速く、巡航飛行中は遅くなる。

 尾部にはダクテッドファンがつき、前進飛行の推力を受け持つが、その動力は補助エンジンから得るようになっている。なお、ダクテッドファン2基で短固定翼のないものと、ダクテッドファン1基でスパン15mの短固定翼つきという2種類の形状が考案されている。固定翼をつけると巡航飛行中の揚力6〜7割が負担するので、ダクテッドファンも少なくてすみ、燃料効率も良くなる。総重量は42,200kg、乗客80人乗りである。

 ボーイング案は発達型のティルトローター機。外観は胴体の前方上部に小さなカナード翼を持つ。主翼は平面形がW字形に折れ曲がったような形だが、これは両端のティルトローターによるダウンウォッシュの影響を最小限にするためで、スパンは20m。

 左右2つのローターは5枚ブレードで、直径15m。胴体は120人乗りで、1席1キロあたりの運航コストは上の競合機にくらべて最も安いという。


左=W字形の翼をもつボーイング社の発達型ティルトローター案
右=尾部にダクテッドファンを取りつけたシコルスキー社のロータークラフト案

空港混雑解消の手段

 ここで、もうひとつ留意しなければならないのは、RIAといっても垂直離着陸(VTOL)に限る必要はないということである。大空港にはたいてい補助的な短かい滑走路がついている。これを使って、たとえ300mでも滑走できれば、同じRIAでも離陸重量を上げ、ペイロードを増やすことができる。

 米国では現在およそ850か所の空港で定期便が飛んでいる。それ以外に5,000か所以上の小さい飛行場があってジェネラル・アビエーションに使われているが、RIAはそういうところへも定期便として乗り入れることができる。これで不便な僻地でも航空交通の利便性を享受することが可能となり、そうなればロータークラフトに対するパブリック・アクセプタンスはいっそう進むであろう。

 空港容量を増やすには大型機を使えばよいという考え方もあろう。日本などはその典型で、近距離の国内線にも巨大なジャンボジェットやワイドボディ機が飛んでいる。しかし大型機は先行機の後流を避けるために相互の発着間隔をあけなければならない。したがって機体が大きくなった割には旅客輸送量が増えるわけではない。またターミナル、ゲート、ランプ、誘導路なども拡張しなければならない。さらに大型機になった分だけ便数が減るならば、旅客の利便性は減少する。 

 では、RIAによる本格的な旅客輸送を実現するためには、まず何をしなければならないか。第1に使用機材と運航システムに関して、しっかりしたコンセプトを確立する必要がある。そのうえで機材開発に必要な技術を明確にして、費用効果を計算し、経済性を見きわめなければならない。

 第2段階は技術的な開発を進めながら、いっそう明確なコンセプトを組み上げ、試験運航をおこなう。これによりRIAは今の固定翼機による運航システムを妨害することなく、NASAのいう「同時非干渉運航」が可能であることを実証する。

 その上で第3段階は実用運航の普及ということになるが、これら第1〜第3段階を進めて行くには、航空当局、メーカー、運航者、施設の設置管理者、そして最終的には利用者など、幅広い関係者の協力がなければならない。

 RIAは、まだ机上の論議でしかないかもしれない。しかし、空港混雑は現実の問題である。いつまでも滑走路に頼っていては問題の解決はできず、航空輸送は行き詰まるであろう。

 そうした問題を解消し、新たな航空需要を生み出すもの、それが滑走路の要らない航空機である。

(西川 渉、『航空情報』2003年6月号掲載)


ベル社のクォド・ティルトローター案

【関連頁】
 
シコルスキー超重量ヘリコプター(2003.1.24)
 
滑走路の要らない航空機(2003.1.22)

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