全ては病者のために

――GPSで救急計器飛行――

 

 救急とは、生命の危険に瀕した人を絶望の淵から救い出すことであろう。それゆえ、これを生涯の仕事とする人は、医師でも看護師でも救急救命士でも、人一倍人道的精神があふれているにちがいない。ジョン・マクドナルド博士も、その例外ではなかった。

 1980年代なかば、アメリカのヘリコプター救急が徐々に増え始めた頃、救急専門医だった博士はヘリコプターが救命率を高め得ることに気づくや、勤務先の病院に進言してこれを導入した。しかし費用がかかり過ぎて1年半で病院がヘリコプターのチャーターを中止すると、今度は自分でヘリコプター会社を興し、パイロットや整備士はもとより、多数の医療スタッフを雇い入れて、ヘリコプター救急を開始した。1987年発足のリーチ・エア・アンビュランスである。

 今日ではヘリコプター5機と飛行機2機、フライト・ナースやパラメディックなど社員100人を擁し、サンフランシスコ北方の町サンタローザを中心に、合わせて3か所の拠点を置いてエア・アンビュランス事業を進めている。

 以来15年間。同社の仕事ぶりはマクドナルド博士の理念そのままに、コストについてはほとんど顧慮することなく、人の命を救うことだけに専念してきた。博士自身は長年にわたって無報酬だったし、1人の患者に2機のヘリコプターを飛ばすことも珍しくなかった。1機はフライト・ナースをのせて患者のところへ直行し、もう1機は別の病院へ患者の症状に最適の医師を迎えに行ったり、毒蛇の血清を取りに行くのである。

 そのため社員たちは、何とかして会社を維持しようと工夫をこらし、経費を節約し、自分たちの手で機材の改良をするなど、さまざまな努力を重ねた。その結果、今ではアメリカでも最高水準のエア・アンビュランス会社といわれるようになった。

 その一つがGPS利用の計器飛行である。アメリカでは現在、ヘリコプター救急のために計器進入の可能な病院は170か所前後になるが、西部地域でこれを最初に採り入れたのがリーチ社である。1999年のことだが、今や同社担当地域の病院9か所に、GPSアプローチが設定されている。

 さらに、これらの病院を結んで8本のGPS航空路が設けられた。これはリーチ社専用の私的な航空路で、FAAの承認を取ったのは2000年10月。アメリカでも初めてのことだった。同じような航空路は今なお全米で20路線程度しか認められていない。


サンタローザ飛行場の一角にあるリーチ社の質素な建物とA109救急機

 リーチ社が計器飛行に熱心なのは、サンフランシスコ湾一帯に霧が多いためである。これを克服することによって飛行の安全を確保し、同時に患者の救命率を高めるのが目的である。

 発足から10年余、リーチ社は助けを求める患者の声を聞きながら、霧のために断念せざるを得ないといった苦渋を何度も経験した。そうした恨事をなくすために、およそ50万ドルの費用をかけてGPSネットワークを設定した。さらに計器飛行の実行のためには、パイロットの訓練飛行を繰り返し、FAAの承認を得てからも半年ごとにチェックを受けなければならないといった努力を重ねた。

 こうして今では霧の中でも飛べるようになったわけだが、その一例は2001年9月のこと、100kmほど離れたサンフランシスコ湾岸の病院から、断続的に心臓の痛みを訴えていた72歳の男性の容態が急変したため高度治療の可能な病院へ搬送して貰いたいという要請がきた。しかし、湾岸一帯は濃霧に包まれている。救急車では2時間ほどかかる道のりで、道中の揺れや振動や加速、減速などの衝撃を考えると、患者の体力がもたないと思われた。

 運航部長のヴィッキー・スペディアッチ操縦士は、8分間ほどかけて天候をチェックした。この間、彼女には先方の病院からあらかじめ定められた方法で、周囲の山や高い建物、塔などを見ながら、雲高や視程の現状を伝えてくる。電話を受けたコミュニケーション・センターもいくつもの気象情報を調べた。

 スペディアッチさんは、これらの全てを照らし合わせて搬送要請に応じる決断をした。直ちにサンタローザ飛行場からアグスタA109で離陸、10分ほどでGPSルートに乗った。先方の病院へGPSアプローチで着陸したのは離陸後25分であった。同乗していた医療スタッフが患者の容態を確認してヘリコプターにのせ、再び霧の中を戻り、今度はサンタローザ記念病院へやはりGPSアプローチで直接患者を送り届けた。患者は待ちかまえた心臓病専門医の治療を受け、4日後にはもう退院したのである。こうしてGPSルートによって救われた患者は、最初の1年間で35人に上った。


ヴィッキー・スペディアッチさん(左)とフライト・ナースのレイチェル・フジイさん

 このような困難な飛行を続けながら、リーチ社は発足以来一度も事故を起こしていない。これまでの救急件数は2万件に達し、最近の年間出動件数は、3か所で夜間飛行も含めておよそ3,000件に上る。

 会社の事業理念は「患者のためになることをせよ」(Do what is right for the patient)という。その信念を貫いたジョン・マクドナルド博士は2000年10月、不慮の事故によって亡くなった。そして翌年2月、国際ヘリコプター協会(HAI)の年次大会で表彰され、遺族が賞牌を受けている。

 リーチ社には、誠意あふれる救急飛行に対し、数多くの患者や家族から感謝の手紙が寄せられている。その中の3通をここにご紹介したい。

「皆さんのプロフェッショナルによって、息子は再び彼の人生を歩きはじめました。ジョン先生とスタッフの皆さまに、ただただお礼を申し上げます。これからも沢山の人を助けて上げてください」

「僕は先週金曜日、山の中でぐしゃぐしゃにつぶれた車の中で絶望的な状態にありました。しかし、有難うジェーン、有難うジム、有難うトム。3人の皆さんへ何と言っていいか分かりません……有難う。感謝します。僕は生きてます」

「リーチ社の救急チームによって、私どもは神に護られていることを知りました。お陰さまで、リサはまだ生きております」

 こうした礼状を読めば、おそらく誰しもが自分も救急業務を志したいと思うのではないだろうか。私は昨年秋、この会社を訪ねる機会を得て、多くのことを学んだ。

(西川 渉、『日本航空新聞』2003年4月15日付掲載)

表紙へ戻る


 


[PR]看護師の好条件求人なら:転職のプロがサポート!年間5万人が利用