大統領のヘリコプター

 

 アメリカ大統領のヘリコプターをめぐる動きがだんだん騒がしくなってきた。来年夏の選定をめざして競争しているのはシコルスキーS-92と欧州製EH101、それにV-22ティルトローターも加わるもようである。

 大統領の使うヘリコプター「マリーン・ワン」は長年にわたってシコルスキーS-61であった。飛行機の「エアフォース・ワン」はボーイング747である。当然のことながらアメリカ製で、米大統領が外国製の航空機に乗るなどは考えられないというのが大方の見方であろう。

 ところがイラク戦争に際して、大多数の欧州諸国が反対する中、イギリスだけが唯一の盟友としてアメリカと共に戦った。その功績からすれば、ブッシュだってブレア首相の推薦するEH101をむげに断るわけにはゆくまい。現に去る1月のこと、トニー・ブレアはアグスタウェストランド社のために「親愛なるジョージ」という書簡をホワイトハウスへ送っている。「この実績豊かな製品について、貴下のご配慮を宜しくお願いします」と。


大統領専用のシコルスキーS-61(VH-3)

 米大統領の専用ヘリコプターは海兵隊が運航する。担当するのはHMX-1と呼ばれる選りすぐりの部隊である。現用機はシコルスキーVH-3で、機内には豪華な絨毯が敷きつめられ、14人分の革張りの座席があり、外部からの攻撃を防ぐ防護装備がほどこされている。このヘリコプターで、大統領はホワイトハウスからアンドリュース空軍基地へ飛び、エアフォース・ワンに乗り換えるわけである。

 あるいは直接キャンプ・デービッドやテキサス州のクロウフォード牧場へ飛ぶこともある。さらに大統領が外国を訪問するときは、あらかじめ貨物機で空輸し、大統領の到着を先方で迎えるといったこともおこなわれる。

 しかし、これらのVH-3は1960年代から使われており、すっかり老朽化した。そこで取り替え問題が起こって、数年前から海兵隊の検討がはじまった。そして新しい機材を2010年から飛ばす考えだったが、今年になって早めた方がいいというので、目下のところ導入は2007年の予定になっている。

 そのための予算は12億ドル(約1,400億円)。この6月から国防省で機種選定の検討がはじまることになった。「審議は公平かつ客観的におこなわれる」というのが国防省の言明である。しかしメーカー各社はじっとしていられない。政府や議員に対するロビー活動も盛んになってきた。ワシントンでは、シコルスキーS-92とEH101のデモ飛行もおこなわれた。


「よッ、ダイトーリョー!」と声をかけたくなるような写真。
「乗っているのは
インチキ大統領だが、カッコだけはいいね」。ムーア監督ならそう言いそうだ。

 アグスタウェストランド社はロッキード・マーチン社と組んで売りこみをつづけているが、EH101が採用になればベル社でUS101の呼称で製造することを表明している。これでアメリカ国民にも新しい職場が増えるという主張である。

 また、アグスタによれば、シコルスキーS-92だって、実質的には大部分が外国製である。胴体その他の多くの部品が中国、台湾、スペイン、日本、ブラジルといった国でつくられる。それに、EH101は100機以上が飛んでいるが、S-92はまだ量産機がないではないか、というのである。

 それに対してシコルスキー社は、S-92は開発時期が新しいだけに最新の技術と安全性が採り入れられている、と主張する。キャビンも座席も、万一の場合の耐衝撃性が高い。航空技術の最もすぐれた成果に与えられるコリア・トロフィも、2002年度はS-92が受賞した。

 なるほど飛行実績は少ないかもしれないが、本機には新しい「損傷許容設計」(fault tolerant design)が適用され、安全性、信頼性、飛行性能は他のどれにも負けないとシコルスキー社はいう。金属部品に0.005〜0.040インチの損傷や亀裂が入っても飛行に耐えられるし、複合材製の主ローター・ブレードはこれまでにない厳格な安全基準にもとづいて製造されている。


ホワイトハウス乗り入れをめざすUS101

 こうして、大統領専用機をめぐる競争は、これからますます激しさを増してゆくであろう。

 現用VH-3Dは11機が存在するが、新しい専用機はその2倍程度、18〜23機が採用になると見られている。選定の結果は来年夏に決まるもようで、おそらくは2007年、遅くても08年には大統領をのせて飛びはじめるであろう。

 余談ながら、ホワイトハウスが初めてヘリコプターを採用したのはアイゼンハワー大統領のときであった。

 その採用に当たって、大統領の身辺警護をするシークレット・サービスは、単発機では安全が保証できないと主張した。しかしモデル47Jを売りこんでいたベル・ヘリコプター社はシークレット・サービスを同機にのせ、飛行の途中でエンジンを切り、何度もオートローテイションをやってみせた。

 それでも結論が出ないので、ベル社のテスト・パイロット、ジョー・マッシュマンは閣僚の1人、ジョン・フォスター・ダレス国務長官をベル47Jにのせた。最後の決断をうながすためだったが、このときマッシュマンは自分の妻をヘリコプターに同乗させた。いわば女房を人質に置いて、ヘリコプターが如何に信頼できるかを示すためである。

 ダレスもこれを見て、2度目の飛行ではダレス夫人を同乗させた。夫人は有頂天になり、着陸してからもヘリコプターが如何に素晴らしい乗り物であるかを語りつづけた。こうしてダレスは、妻にとって安全なものは大統領にも安全と考え、アイゼンハワーにベル47Jの採用を進言するに至る。

 同機はUH-13J-1の呼称で2機が購入され、空軍が運航した。そのヘリコプターに乗って、大統領が初めてホワイトハウスの芝生から飛び立ったのは、1957年7月12日のことである。


初の大統領ヘリコプターとなったベル47J単発ピストン機

西川 渉、2003.5.16)

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