<無人旅客機>
空っぽのコクピット ![]()
英米の一般的な雑誌や新聞を見ていると、時どき専門的で、しかも面白い航空記事が掲載される。ドイツ語やフランス語は読めないから、ほかの国のことは知らないけれど、日本では一般紙誌に航空の面白い論文が出てくることはほとんどない。それだけ、航空に対するパブリック・アクセプタンスの度合いが薄いのかもしれない。
一と月ほど前の英誌『エコノミスト』にも「大変だ、コクピットに誰もいない」という表題で、無人旅客機の話が書いてあった。内容豊富な長編読み物だが、さわりのところを拾ってみよう。
2001年4月のこと、オーストラリアの空軍基地に無人機(UAV)が着陸した。カリフォルニアのエドワーズ空軍基地から太平洋を越え、24時間かかって飛んできたノースロップ・グラマン社のグローバル・ホークである。
この歴史的な無人長距離飛行を、ノースロップ・グラマン社はクリック2発で成功させた。1発は管制官が離陸許可を出したとき、2発目はオーストラリアに着陸してエンジンを停めるときだった。この2回のクリックの間、グローバル・ホークはタキシングから離陸、巡航、着陸の全てを機上のコンピューターで自動的にやってのけたのである。
その後、グローバル・ホークはアフガニスタンで初めて実戦に使われ、偵察任務にあたった。無人機だから、人間には耐えられないような超高空に長時間とどまって敵地の監視を続けることができる。飛行高度は65,000フィート、滞空時間は24〜36時間。有人偵察機では不可能な新しい偵察方式が、無人化によって可能となったのである。
米空軍のグローバル・ホーク無人軍用機がすぐれた実用性を発揮するようになれば、次は民間機への応用、それも旅客機に使えないかという考えが浮かんでくる。それには3つの条件が満たされなければならない。
第1はパイロットがいなくても完全な安全性が保証されること。第2はエアラインにとって、有人機よりも無人機の方が有益であること。第3に、これが最も重要なことだが、旅客が無人機を受け入れることである。
第1の条件は、いずれ10年かそこらのうちには実現するであろう。今の旅客機でも、殆ど全ての操縦が自動的におこなわれている。とりわけ退屈でくたびれやすい長距離飛行は、ほぼ全行程をオートパイロットが飽きもせず、くたびれもせずに操縦してくれる。しかも目的地の天候が悪くて前方がよく見えないようなときは、人間よりもうまく着陸することができる。
さらに双発機の片発が停止したようなときも、オートパイロットは人間より安全かつ上手に着陸する。荒天や濃霧のときなど、旅客機がうまく接地すると、後方のキャビンにいる乗客たちはよく拍手をするけれども、まさかコンピューターがやったとは気がついていないのである。
中には、わざわざコクピットにやってきて機長に感謝の握手を求める客もいる。機長もそこで「実は……」などと白状するわけにはゆかず、何ともつらいことである。
しかしオートパイロットにも不得手はある。それは離陸である。離陸を自動化するにはそのための誘導装置を滑走路に取りつけなければならない。もっと難しいのは滑走中にエンジンが止まったときの一瞬の判断である。これらの課題を自動化するには、相当な費用がかかるであろう。
なるほど費用をかければ、技術的には実現する。けれども民間機としては経済的でなければならず、採算が合わなければエアラインは使ってくれない。
前が見えない旅客機もうひとつの課題は管制である。空港が混んでいるから上空で暫く待機せよというような管制官の指示を、オートパイロットはうまく聞き分けられるだろうか。
カリフォルニアからオーストラリアまで長距離飛行をしたグローバル・ホークの場合は、管制官の指示を機上で聞いたコンピューターが、それを衛星通信によって地上のノースロップ・グラマン社に送り、そこで人間がリモコンを操作して飛行機の方へ信号を送り返すという原始的な方法が採られた。しかし、このような管制方式は機数が少なければ可能かもしれぬが、多数の飛行機を相手にしなければならない場合は非常に難しい。
したがって最終的には、今の管制システムを反故(ほご)にして、全く異なった方式に組み換える必要があろう。たとえば昔から論議されてきた「フリーフライト」のようなやり方である。そのためには航法装置や衝突防止装置を一段と進歩させなければならない。もっとも、それが実現すれば飛行機の飛べる空域は大きく拡大し、今のような定期便の遅れなどもなくなるだろうし、有人機も無人機も、大型機も小型機もごちゃまぜになって自由にとべるようになるだろう。
それにしても、なにゆえにこんな無理をして無人旅客機を希求するのか。一言でいえばコストである。エアラインにとって最大のコストは人件費にほかならない。収入の半分が人件費に取られ、燃料費よりも高くつく。中でもパイロットの給与は最も高い。典型的なエアラインの社員を給与の多い順に並ばせると、先頭から100人のうち97人はパイロットであろう。
パイロットは多くの人の命を預かる。だから給与が高いのは当然である。ある調査によれば、ベテラン機長の平均的な年俸は178,000ドルという。エアラインによっては、もっと高く払っているところもあり、デルタ航空の最高給を取っているパイロットは248,000ドルである。
パイロットにかかる費用は給与だけではない。彼らは行った先で豪華なホテルに宿泊する。安宿に泊まって隣室がうるさくて眠れなかったりすると、明日の飛行に差し支えるからである。なにしろ、彼らの手中には多数の人の命が握られているのである。
おまけに、パイロットは1週間のうちに何日も働かない。休養が大切だからである。逆に飛行機は地上にいては商売にならない。つまり、パイロットはできるだけ多く休もうとし、飛行機はできるだけ多く飛ぼうとする。この矛盾を解くために、航空会社は、飛行機の数よりもはるかに多くのパイロットを雇わなければならないのである。
そこで、生きたパイロットの代わりにオートパイロットを雇えばどうなるか。オートパイロットは報酬を求めない。休養も要らないし、ホテルにも泊まらない。文句を言わず、ストライキもしない。大酒も呑まない。
たしかに最初の導入時にはコストがかかるであろう。けれども、いったん動き始めたら、あとは大変な費用節約になる。航空会社にとって無人機は非常に望ましい航空機ということができよう。
といって、いきなり無人にして旅客が乗ってくれなくては困る。そこで今の2人乗務を1人にするという中間的なステップを踏むことになるだろう。以前に機関士を含む3人乗務を2人にしたときは、パイロットたちは騒いだけれども、乗客は騒がなかった。同じように2人を1人にしても、乗客は余り気にしないと思われる。
そのうえで、最後はコクピットを空にするわけだが、そのときも先ずはグローバル・ホークのように、地上からリモコン操縦をするようなシステムになるかもしれない。その場合、1人で2〜3機を飛ばすことができよう。ボーイング社によれば、米空軍向けにつくっている無人戦闘機は地上の操作員1人で4機を扱うことができるそうである。
それに、パイロットがいなければハイジャック犯もどうしていいか分からないから、テロ対策にもなる。
もう機長は要らない。「おーい、待ってくれェ」かくて何段階かのステップを経て、2030年頃にはパイロットのいない旅客機が出現するのではないか。いや、2050年頃までは無理という意見もあるが、いずれにせよ技術は無人化の方へ進むことは間違いない。
かつてはエレベーターにもエレベーターガールが乗っていて、乗客の5階とか8階とかいう注文を聞いてハンドルを回し、蛇腹のような扉を開閉していた。それがいつの間にかいなくなったと思ったら、最近は東京港を走る「ゆりかもめ」や神戸のポートアイランドを走るポートライナーも無人運転である。
車の自動運転も技術開発が進んでいるようだが、飛行機だって案外早くポートライナーのようになるかもしれない。そして誰かマニアックな連中が乗って自慢でもしようものなら、あとは我もわれもといういうことになろう。
先週末、政府が発表した失業率は5.4%だったが、この数字はもっと上がるにちがいない。
(西川 渉、2003.2.3)
【参考頁】
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