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<ヘリコプターIFR>

安全のための計器飛行

 今年3月のヘリエクスポには、ヘリコプター関係企業490社が展示をした。その中で、私は真っ先にSTI(Satellite Technology Implementation)社のブースを訪ねた。同社は元FAAのステファン・ヒコック氏の創立になる。氏の所在を訊いたところ、今はいないというあいまいな答えだった。

 やむを得ず、そこにいた人に説明をして貰ったところ、現在アメリカでGPSによる計器進入が認められているヘリポートは232ヵ所とのこと。昨年2月のヒコック氏の説明では181ヵ所、うち168ヵ所が病院ヘリポートだったから、総数では1年間に50ヵ所余り増えたことになる。

 また病院間搬送のための計器巡航が認められているのは全米で20ヵ所程度。これは昨年と変わりがない。

 このように、ヘリコプターの計器飛行が求められるのは何故か。飛行の安全を確保するためである。

 有視界飛行で飛んでいて、不意に天候が悪くなる。その結果が重大な悲劇を招くことは1990年、91年、97年の宮崎、但馬、愛知の事故が如実に物語っている。これらは、わが国ヘリコプター史上忘れることのできない3大事故で、いずれも飛行中に天候が悪化し、山の斜面にぶつかって全員が死亡、合わせて26人の犠牲者を出したものである。もし初めから計器飛行をしていれば、こんなことにはならなかったであろう。

 ヘリコプターの計器飛行について、時折り「定期便じゃあるまいし、そんなに無理をして飛ぶことはなかろう」とか「せっかく計器飛行の設定をしても、使われないのではないか」という声を聞く。しかし計器飛行は安全のためにこそ必要という考え方からすれば、これらの見方は間違っている。計器飛行の是非は需要の有無によって論ずるべきではない。

 一方で、計器飛行は今のシステムでも可能という人がある。しかし現行システムは固定翼機を前提としてつくられたもので、回転翼機には適さない。無理に遠回りをしたり高度を上げたりしなければならず、ヘリコプターには不合理である。だからといって、ヘリコプターに計器飛行は不要といって放置すれば、今後なお、あの3大事故のような悲劇は絶えないであろう。

 そこで新しいシステムをつくり上げようとして行われたのが1996年夏アトランタ・オリンピックを舞台とする実験運航であった。そのとき上述のヒコック氏はFAAの立場で実験を推進した。そして結果が出るや今度は民間に転じて、GPSによる計器進入システムの開発に着手する。

 その方式は「ポイント・イン・スペース」と呼ばれるもので、たとえば病院ヘリポートへ着陸しようという場合、そこから10kmほど離れた上空600mくらいの空中に定点を定める。ヘリコプターはそこまではどこからでも安全に飛来することができる。ここで位置を決めたヘリコプターは、途中に山や建物などの障害物がないように定められた針路で定められたポイントへ降下してゆく。

 あたりは霧や雲がかかり、地面が見えなくても構わない。途中に1〜2か所の経過点(ウェイポイント)が定められており、そこで自機の位置と高度をチェックする。そして最後の定点(MAP:ミスト・アプローチ・ポイント)に達する。MAPは、たとえば高度165m、ヘリポートまでの距離1,200mといった定点で、ここまでくれば指定された方角に病院ヘリポートが見えるはずである。ヘリポートが視認できればそのまま着陸操作に移ればよい。

 しかし依然として霧が濃く、ヘリポートが見えないときは定められた方向へ向きを変え、高度を上げて待機のための空域へ戻る。そこから再び最初の定点に飛んで同じ進入操作を繰り返してもよいし、霧が晴れそうもないときは着陸を断念して最寄りの空港や別のヘリポートへ向かう。

 こうしたポイント・イン・スペース方式は、何年か前の開発当初、今年と同じラスベガスで開催されたヘリエクスポで、コンベンション・センター前の駐車場をヘリポートにして、公開デモ飛行がおこなわれた。そのとき私も試乗して、GPS進入を経験したものである。

 そして1997年メイヨー・クリニック病院を初め、17ヵ所の病院ヘリポートで計器進入が認められ、98年には社用ヘリポートでも承認された。以後GPS計器進入ヘリポートは急速に増えて、冒頭のような数字になったのである。

 こうして飛行の安全が確保されるならば、その結果として就航率が良くなる。救急飛行の場合も、稼働率を高めるための計器飛行ではなくて、安全確保のための計器飛行であり、その結果として稼働率が向上することになる。

 1年半ほど前に訪ねたリーチ・エア・アンビュランス社は、サンフランシスコ一帯の霧の多い地域で、1999年からいくつかの病院ヘリポートでGPSによる計器進入を開始した。また2000年からはGPSによる計器巡航が可能な航空路も認められた。

 これは全米初の私的なヘリコプター航空路で、長距離の病院間搬送に使われる。市街地や住宅地を避けて山あいに設定され、騒音をまき散らさぬよう配慮されている。しかも比較的低い高度なので、高空の氷結気象状態を避けることができる。

 同社では3ヵ所の拠点から年2,000回程度の救急出動をしているが、そのうち約100回が計器飛行になるという。それだけ多くの人が救われるわけである。

 さて、今回のヘリエクスポで会場の中を歩いていると、背後からヒコック氏に呼び止められた。「先刻、貴社のブースを訪ねた」と言うと、「いや、自分のブースはない」という。「あの会社は辞めた」のだそうである。道理で先ほどブースにいた人があいまいな態度だったが、社内で意見の衝突か何かがあったようで、「自分が身を引くのが最良の解決策」という結論に至ったとか。昨年末のことだそうである。

 ここまで長年にわたってヘリコプターの計器飛行を進めてきたのに「それは残念」というと、氏は新しい名刺とパンフレットを出した。ヒコック・アンド・アソシエーツ(Hickock & Assoiates)という会社を創立して同じ仕事を続けるとのことだが、どこか寂しそうにも見えた。

 とはいえ既に、テキサス州ダラスで救急飛行をしているケアフライト・システムとの契約が決まっており、病院ヘリポート15か所に計器進入方式を設定する。これが新会社の最初の仕事になるらしい。

 ヘリコプターの計器飛行は、ヒコック氏の独創的かつ先駆的な努力によって進展してきた。やがては救急以外の分野へも普及してゆくに違いない。もはや、先に見たような日本の3大事故も許されるものではない。あのような悲劇を避ける技術は、すでに実現しているのだ。こうした動きを、われわれはただ指をくわえて見ているわけにはいかないであろう。

 
計器飛行を可能にするベル427IFR

【関連ページ】

 GPSの活用を急ごう

 GPS計器進入システム

西川 渉、『日本航空新聞』2004年3月25日付掲載)

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