タブーへの挑戦
路 上 着 陸 今年3月末まで神戸の消防航空隊長を勤められた定岡正隆氏(現神戸ベイシェラトン・ホテル防災部長)へ、国際ヘリコプター学会(AHSインターナショナル)からAHS会長特別賞が贈られることになった。
定岡さんは1973年、海上自衛隊から神戸市消防局へ移り、消防ヘリコプターのパイロットとして第一線の仕事をしてこられた。とりわけ救急救助の推進に努力され、最近では高速道路でのヘリコプター救急について積極的、実践的な努力をしておられた。
交通事故の怪我人救助のために高速道路に着陸することは、欧米では極く当たり前のことである。したがって、そのことだけで表彰の対象になるのは難しいかもしれない。ところが日本では阪神大震災以来、ヘリコプター救急が叫ばれ、消防防災ヘリコプターやドクターヘリによる救急活動が軌道に乗りつつあるにもかかわらず、高速道路への救急着陸は何故かほとんどおこなわれていない。事故がないのであればそれでいいのだが、実際は25年ほど前にいったん下がった事故件数、死傷者数は、一転して増え続け、1万人近い死亡者も減る気配はない。
そうした交通事故の犠牲者を減らすことこそ、ヘリコプター救急の発端であった。20〜30年前に欧米で始まり、効果の大きいことも実証されている。それが日本でおこなわれないのは何故だろうか。もはや、一種の宗教的なタブーとしか言いようがない。定岡さんは、その禁忌状態を破ろうとして果敢に挑んだ。その点がAHSの賞揚するところとなったのである。
(飛行準備中の定岡隊長と神戸消防機――2002年3月退職前の撮影)
路上着陸の少数例 高速道路でのヘリコプター救急は、日本では十指に満たない。きわめて少ない例を挙げると、次の通りである。
1992年3月、北海道の高速自動車道で起こった雪中186台の玉突き事故では北海道警のベル206Bが医師をのせて路上に着陸、204Bも着陸して患者搬送をした。
2000年5月、神戸消防のBK117が阪神高速道路に着陸、事故による4人の負傷者のうち1人を収容して救命救急センターに搬送した。2001年3月には同じく神戸消防のBK117が、救急現場に向かう途中で交通渋滞に巻きこまれた医師を、阪神高速道路上からホイストで吊り上げ、事故現場で再びホイストで降し、迅速な救急治療を実現した。
2001年6月、東名高速道路の三ケ日インターチェンジ付近で自動車事故があったときは、聖隷三方原病院に待機していた朝日航洋のMDエクスプローラーが、医師をのせて道路横の草地に着陸、救急治療に当たった。
今年に入ってからは2002年2月、仙台消防のBK117が東北自動車道に着陸、交通事故の負傷者を仙台市内の病院に搬送した。
2002年4月には東関東自動車道の事故に際し、日本医科大学の千葉北総病院に待機していたドクターヘリ、朝日航洋のMDエクスプローラーが医師と共に着陸、患者の治療と搬送に当たった。
ほかにも同じような事例があるかもしれないが、筆者の知る限り以上の6件である。うち5件は現場に着陸し、1件はホイストで医師を降ろしたものであった。いずれもヘリコプター出動の甲斐あって、事故の負傷者は命を救われている。
ところが、ほとんど全ての事例が、せっかくの人命救助に成功しながら、必ずしも関係官庁からは歓迎されなかったのである。先に「タブー」と言ったのはそのことで、お役所特有の「事勿れ主義」が見え隠れするのは、まこと残念というほかはない。
(2001年6月、東名高速三ヶ日ICでの事故。現場のそばに草地があった)
事後の検討は前向きに むろん前例の少ないことであり、連絡体制から安全上の問題など、明確になっていない点も多い。したがって当面は個々の具体例を検証しながら、問題点を明らかにし、実行条件を確立してゆく必要があろう。しかし、その全ては、この救急方式が日常的、効果的におこなわれることをめざすものでなければならない。
何か問題があるからといって、無闇に厳格なルールをつくって表面上は実行可能を装いながら、実際は何もできないといったことがあってはならないだろう。
たとえば今年2月の仙台消防による東北道着陸を報じた河北新報の見出しは「けが人搬送たった7分」とする一方、「迅速でも危険」とか「警察官びっくり」「反対車線は車両が通行」など否定的な表現が多い。新聞の読者にはヘリコプター救急の効果はほとんど伝わらず、何か危険な無理をしたとしか取れないのではないだろうか。
記事の細部を読むと宮城県警から「車線規制は充分な距離と余裕をもって行うもの。オートバイも通るので、ヘリの風で転倒する恐れもあった、と危険性を指摘する声が上がった」と書いてある。それに対して仙台市消防局の反論も出てはいるが、このままでは後が続かないであろう。高速道路でのヘリコプター救急をどうすれば日常化できるのか、「関係機関、条件など調整急ぐ」という見出しの通り、消防と警察との間の早急なる調整が必要である。
この点、2000年5月神戸消防が阪神高速道路へ着陸したときは、やはり警察から種々の申し入れがあったようだが、結果的には警察、消防、道路公団、医師などの参加する連絡調整会議が開かれ、会合を重ねながら一定の手法が取り決められた。同じような検討調整会議は、霞ヶ関の省庁間でもおこなわれていると聞く。前向きの結論が出て、その考え方が全国へ普及することを強く希望したい。
なお、高速道路への救急着陸に関する問題は、1999年度のドクターヘリ調査検討委員会でも論議された。その内容はインターネットの首相官邸サイト「ドクターヘリ調査検討委員会」の頁に議事録として掲載されている。また筆者自身も「日本航空医療学会雑誌」(2001年10月号)で論議のもようを報告したが、これは個人ホームページ「航空の現代――ヘリコプターは銀座通りにも着陸できる」に掲載してあるのでご参照願いたい。
農薬散布は狭いあぜ道に着陸 さて、これらの論議を通じて、関係官庁のあげる問題点を整理すると次のようになる。
たとえば航空局は「ドクターヘリといっても航空運送事業であり、安全基準は変わらない。したがって航空法81条の2の適用を受ける場合でも、運航規程に定められた離着陸の基準を満足した場所でなければならない」としている。
警察は「高速道路の車線を規制するときは、充分な距離と余裕をもって、手前から減速指示を出す必要がある。本線を事故現場で全て止めること、反対車線を規制することは大変危険」という。道路公団は「本線を止める場合は、手前のインターで一般道への誘導をしなくてはならない。また対向車線の車のわき見、ダウンウオッシュの影響など、道路管理者として二次災害が心配である」
いずれも尤もではあるが、だからといって目の前の瀕死の重傷者を見殺しにしていいのか。正面切って「やめろ」という意見はないけれども、ここまで危険性を強調するのは、その根底に路上着陸はやめろという発想があるとしか思えない。
道路は滑走路にも似て、決して危険ではない。道幅がせまいといっても、農薬散布のためには毎年全国何千か所のあぜ道にヘリコプターが着陸し、作業をしていることを思えば、周囲に障害物がなければ問題はない。
渋滞解消はヘリコプターの方が早い 問題があるとすれば、走ってくる車である。つまり最大の障害物は車だが、すでに交通事故が起こっていながら、なおかつ正常に車を走らせようとするところに無理がある。事故が起これば交通が停まり、渋滞が起こるのは当然である。事故がなくても普段から渋滞が多いのに、なぜ事故のときも車を走らせようとするのか。
むろん不必要に停めることはないけれども、人の命を救うために必要なことはしなくてはならない。2車線でも3車線でも、反対車線でも、必要に応じて停めるべきである。それも現場の警察官に頼るだけではなく、高速道路に設置された電光掲示板で事故の発生を知らせ、その場に停車するように表示をすればいいはずで、コンピューター機能を活用すればそんなに手間ひまかかるわけではないだろう。
あるいは運転者が言うことをきかないとも言うが、今のところはそうかもしれない。しかし事故現場にヘリコプターが飛来することが一般常識になれば、みんな停まるようになるであろう。今だって後方から救急車がくれば、誰もが道をあけて停車するではないか。
さらに救急ヘリコプターにスピーカーをつけて上空から停車を呼びかけながら救急現場へ向かうことも考えられる。それでも言うことをきかないような運転者は、人道に反するわけで、人間扱いをする必要はない。後でどんな処罰を受けても文句はいえないであろう。
こうしておいてヘリコプターを使えば、事故現場はさっさと片づいて、渋滞の解消はむしろ早くなるにちがいない。
タブーにとらわれるな 2000年2月の航空法改正によって、民間事業者の運航するドクターヘリも機長の判断で飛行場外の着陸ができるようになった。あの改正も、発端はドクターヘリ委員会で論議された高速道路への着陸問題がきっかけであった。それを踏まえて、即座に法律改正までもっていった運輸省の英断は大いに評価さるべきであろう。
しかし、あれから2年余り、いまだに路上着陸はほとんどおこなわれていない。欧米諸国では日常的なことが、なぜ日本でできないのか。
一つは、そのためのシステム、体制、手順といったものが組み上げられていないからである。このシステムづくりには、いくつもの官庁や機関が関係する。けれども、どの機関も主体的、積極的に動こうとせず、無理難題を持ち出して議論に明け暮れるばかり。実行が伴わないまま、2年も3年も経ってしまった。
最近しばしば官僚の事勿れ主義が目立つようになった。面倒なこと、困難なこと、危険を伴うことは避けて通るという風潮だが、こんな敬遠策ばかり続けている限り、日本は救急三流国から脱することはできない。
交通事故の犠牲者を救う方策は現実に存在する。にもかかわらず、それを実行に移そうとしないのは、やはり当事者がタブーにとらわれ、支配されているとしか考えようがない。人の生死を左右する人命救助が、前近代的なタブーによって妨げられるようなことがあってはなるまい。
(西川 渉、『ヘリコプタージャパン』2002年6月号掲載)
救急機の路上着陸――外国では日常茶飯事 ![]()
(道路の向こう側に車を停めて、野次馬や他の車が入ってこれないようにしている)
(これも、自動車でわざと道をふさぐ)
(せまい道路に降りたドイツADACの救急機)(表紙へ戻る) ![]()