
<ヘリ・エキスポ2003>
ヘリコプターの殿堂 ![]()
去る2月、国際ヘリコプター協会(HAI)の年次大会で、ヘリコプターの殿堂に入る2人の人物が発表された。スタンレー・ヒラー氏とロバート・サッグス氏である。
ヒラー氏はヒラー・ヘリコプターでご存知のとおり、近代ヘリコプターの歴史を体現する1人である。1942年ヒラーエアクラフト社を設立したのは、まだ高校生のときであった。1944年には弱冠19歳で歴史上有名なXH-44同軸反転式ヘリコプターを作り上げた。この「ヒラーコプター」がめざしたのは1戸に1機ずつの普及をはかり、通勤や買い物など日常的な交通手段に使ってもらうというものであった。
その結果、5年後にはシコルスキー、ベルと並んで、アメリカ3大ヘリコプター・メーカーの一つとなった。そこから生まれたのが半世紀以上たった今も使われているヒラー12Eヘリコプターである。
もう一人のサッグス氏は1949年、ペトロリアム・ヘリコプター社(PHI)を設立した。メキシコ湾の石油開発を支援する運航事業は大きく拡大し、最盛期には米軍とソ連軍に次いで世界第3位のヘリコプター・フリートを擁すると言われたものである。また同社はヘリコプターの運航ばかりでなく、機体やエンジンの整備、操縦訓練などの事業もおこなった。
サッグス氏が亡くなったのは1989年である。その後のPHIはキャロル夫人が引き継ぎ、夫君のワンマン経営を集団指導体制に切り換えると共に、石油支援に加えて新たに救急業務にも乗り出すなど事業を拡大した。しかし夫人は2001年8月、持ち株の全てを他へ譲って身を引いた。
今回の殿堂入り発表の場で、1924年生まれのヒラー氏は家族に腕を支えられて会場に到着したが、壇上へは独りで上がり、しっかりした口調で挨拶した。また故サッグス氏の代わりには未亡人のキャロル夫人が登壇して、記念の盾を受け取った。
殿堂といえば、「野球の殿堂」(National Baseball Hall of Fame)がよく知られている。ニューヨーク州北部のクーパースタウンにあって、ベーブ・ルースやルー・ゲーリックなど大リーグで活躍した有名選手をたたえる遺品や写真が、未踏の記録と共に展示されている。ここはアメリカで初めて野球試合がおこなわれたところで、野球発祥の地でもある。
日本の野球殿堂は東京ドームにあるらしい。行ったことはないが、どんな選手が入っているか、およその想像はつくような気がする。1年余り前には俳人の正岡子規も入ったという。若いときは野球に熱中し、自分の幼名「のぼる」にちなんで「野球」(野ボール)というペンネームも持っていたほどで、野球の普及に貢献した。
同じように「航空の殿堂」(National Aviation Hall of Fame)も、アメリカにはある。1962年オハイオ州デイトンに開設されたもので、この町はいうまでもなく、ライト兄弟が自転車屋を開きながら飛翔の夢を育み、飛行の研究を進めたところである。
殿堂に入った最初の人物も、当然のことながらウィルバーとオービルの2人であった。以来最近までに航空に功績のあった約180人が名を連ねている。その中には大西洋横断のチャールス・リンドバーグ、人類初の月面歩行をしたニール・アームストロング、「リンク・トレーナー」によって安全な操縦訓練法を開発したエドウィン・リンク、青森県淋代海岸から米大陸まで「ミス・ヴィードル号」で世界初の太平洋横断に成功したクライド・パングボーン、女性として初めて音速を超え、数々の飛行記録をつくったジャクリン・コクランなどの名が見える。
そこで冒頭の話題に戻ると、今年2人の人物を迎えた「ヘリコプターの殿堂」(Heritage Hall of Fame)は2001年、国際ヘリコプター財団(HFI:Helicopter Foundation International)によってHAIの支援を受けながら設立された。ヘリコプター界の進展に貢献した先駆者たちの先見と才能と忍耐と手腕を顕彰するのが目的である。
最初の2001年はイゴール・シコルスキーとカール・ブラディ、2002年はフランク・パイアセッキとジム・リックレフスが殿堂入りをした。シコルスキーとパイアセッキは周知のとおり、ヘリコプターの開発と製造に貢献のあった歴史上の人物で、その流れは今もシコルスキー社とボーイング・バートル社が受け継いでいる。
あとの2人はヘリコプターの運航事業分野で功績を残した。カール・ブラディは1948年ベル47をもってアラスカで会社を興し、ERAヘリコプター社としてアラスカとメキシコ湾の両方で石油開発の支援運航をするようになった。今ではERAアビエーションの名前で、コミューター航空も運営している。
ジム・リックレフスも1948年、2機の中古ヘリコプターでリック・ヘリコプター社を設立、カリフォルニアに拠点を置いて薬剤散布、送電線パトロール、地図写真撮影、人員輸送、消火作業など、ヘリコプターのあらゆる分野で運航事業を展開、1950年代には世界最大のヘリコプター事業会社となった。
博物館は主に歴史上の物品を、美術館は絵画や彫刻などの芸術作品を収集し、保管と展示をして社会教育に役立てる施設である。同様に、上に見てきたような殿堂は人物を主体として足跡を保存し、功績を顕彰する施設である。
わが国でも航空再開から50年、そろそろ航空やヘリコプターの殿堂といった「名誉の殿堂」(ホール・オブ・フェイム)を考えるべき時期がきたのではないだろうか。
(西川 渉、日本航空新聞、2003年6月5日付掲載)
(殿堂入りの式典会場で、サッグス夫人と)(表紙へ戻る)