<夏目漱石>

左利きと思索の姿勢

 

 先日『漱石先生の手紙』(出久根達郎著、NHK出版)を読んでいたら、漱石と子規はどちらも左利きと書いてあった。

 この2人が東京大学予備門に入学して間もなく「急速に親しくなったのは、寄席の話を交わしたのがきっかけでした。お互い落語が大好きで、熱心に寄席通いをしていました。また二人とも左利きでした」。そして寄席に通って落語や講談を楽しんだ結果、漱石は「時に学友の前で、左手に扇子を持ち、講談の物まねをした」。左手に扇子を持ったのは左利きだからである。

 この本は2000年4月から6月までの「NHK人間講座」が基本になっている。あの講座は私もときどき聴いたが、漱石の左利きの話は聴きもらした。このような漱石の話を聞いてすぐ思い出すのは有名な下の写真である。 

 この写真は右手で頭を支えているが、これも左利きのせいかもしれない。むろん左手で支えることもあろうから、これだけで何かをいうのは難しいが、こういうポーズを無意識のうちに取ったとすれば、利き手はいつでも事態の変化に応じられるように常に遊ばせておくのが本能というものであろう。

 左利きの話は出てこないけれども、『国民の芸術』(田中英道著、産経新聞社)には、上の漱石の写真とラファエロの絵『アテネの学堂』(1510年頃)が並べて掲げてある。これは古代哲学の世界を表したもので、巨大な半円筒形の天井の下で、古代の有名な哲学者たちがそれぞれの哲学を論じている想像図である。


ラファエロ「アテネの学堂」
手前中央の頬杖をしているのがミケランジェロ。右手で字を書いている。

 

 この絵の中に見られるミケランジェロは左手で頭を支えながら、右手で字を書いている。漱石も字は右手で書いたようだが、左利きの本能が自然に右手で頭を支えさせたのではないか。

 このような姿勢は、本書によれば思索をめぐらすときのもので、ロダンの「考える人」(1880年)がその典型だそうである。


ロダン「考える人」

 しかし、これら西欧の絵や像を見るまでもなく、日本にはそれより1,200年も昔、7世紀頃から「弥勒菩薩半跏思惟像」があった。


広隆寺の国宝、弥勒菩薩半跏思惟像
右手を頬に当てた思索の姿になっている

 

 これら思索する画像について、『国民の芸術』は芸術的、哲学的、歴史的な観点から論じているが、左利きの観点から見るのは矢張り無理かもしれない。

 そうではなくて、左脳と右脳の機能の違いに関係があるのかもしれない。つまり左脳は言語野などがあって論理的な考えをめぐらすところであり、左脳は虫の音を聞いて秋のメランコリーを感じるなどの情緒的な機能を持つ。したがって脳生理学の観点からすれば、思索にあたっては左脳を解放しておく必要があり、頭の右側を支えることになる。

 ……などと、ばかばかしくも無駄な考えをめぐらしてしまいましたが、もう一度『漱石先生の手紙に』に戻ると、大正5年(1916年)12月9日死去した漱石の遺体は、鏡子夫人の希望により東京帝大で解剖に付された。「脳の重さが1,425グラムあった。通常の日本人は1,350グラム内外とのことだから、75グラムも重い。これは必ずしも絶対ではないが、優秀な頭脳を意味するという。右側が発達していたそうで、感性がすぐれていたといえようか」 

 私も学生の頃、解剖学教室で「これが漱石の脳だ」といって見せられたことがある。特に右側が大きいようには見えなかったが、そうだとすれば神経交叉の原則からして、左利きの人は右脳が発達して重くなり、無意識のうちに頭の右側を支えることになるのかもしれない。

(西川渉、200.3.2.4)


無駄な考え

【関連頁】

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