
<メーカー訪問>
ユーロコプター・フランス社 ![]()
マリニアンヌは南仏の港町マルセイユから20kmほど内陸へ入ったところにある。ユーロコプター社の大きな工場が並び建つ町である。
いつぞや、AS350B小型ヘリコプターが出始めた当時、ここを訪ねた折りに体験試乗をしたことがある。地中海の海岸沿いに飛んでゆくと、白亜の岸壁に緑の樹々が生い茂り、コバルトブルーの海上には「厳窟王」の主人公エドモン・ダンテスが幽閉されたという小さな島が浮かんで、まるで絵の中を飛ぶような光景だった。
さらに飛んでゆくとヌーディスト・クラブがあり、波が打ち寄せる岩と木立の間に多数の裸の男女が見え隠れしている。機内は急ににぎやかになったが、パイロットは速度を落とすこともなく、真っ直ぐに飛びつづけた。25年ほど前のことだから、今もそういう場所があるのかどうかは知らない。
夜はマルセイユのレストランでブイヤベースをご馳走になった。入り口の大きな水槽の中でさまざまな魚が泳いでいた。その中から食べたいものを選んでよいというので、鯛に似た魚と大きなエビを指定した。頭の中にはなんとなく鯛の刺身と伊勢エビの焼いたようなイメージがあったが、ブイヤベースだから当然のこと、鯛もエビも姿かたちが分からぬほどのごった煮が出てきたのでちょっとがっかりした覚えがある。もとより港町自慢の料理に文句を言うつもりはなく、ワインと共に濃厚な美味を堪能した。
岩窟王が幽閉されたとされるマルセイユ沖のイフ島
史上初のタービン・ヘリコプター フランスのヘリコプターは1907年、ポール・コルニュの初めて人をのせて飛んだヘリコプターまでさかのぼる。ヘリコプターの歴史の上では、15世紀レオナルド・ダビンチのらせん翼に次ぐメルクマールであり、ライト兄弟の初飛行に続く重要な出来事であった。しかし、ここではそこまでさかのぼる余裕がない。
第2次大戦後、フランスが初めて開発したヘリコプターは、1948年6月に初飛行した1人乗りのSE3101小型機である。フランス国営のシュデスト(南東)航空工業(SNCASE)による試作機で、3枚ブレードの主ローターのほか、V字形の尾翼先端にそれぞれ尾部ローターがついていた。しかしエンジン出力が不足していたため、無理に自重を減らすと今度は安定性と操縦性に問題が生じるなどして、計画中止となった。
けれども、この経験から2人乗りのSE3110が生まれ、やがて3人乗りのSE3120アルウェットTに発展し、実用化された。サルムソン・ピストン・エンジン(200hp)を装備して、尾部ローターは現在見るような形状に変わり、主ローターからの気流の影響が少なくなったばかりでなく、低速時の反トルク効果も良くなった。
1951年の初飛行から原型2機でテストを繰り返し、1953年には1,252kmを飛んで、航続距離の世界記録をつくった。これでSNCASEはアルウェットTの量産を決断する。
一方フランスではもう一つ、SNCASEの姉妹会社であり競争相手でもあったシュドウェスト(南西)航空工業(SNCASO)が、やはりヘリコプターの開発を進めつつあった。技術的にはSNCASEと異なり、ヘリコプターのローターを機械的にではなく、ジェット噴射によって駆動する仕組みに取り組んだのである。
1953年1月2日に飛んだ1人乗りのSO1220は、ガスタービン・エンジンを装備、これでコンプレッサーを駆動して圧縮空気をハブから全金属製のブレードに送り、先端から噴射してローターを駆動するようになっていた。同機はすぐに2人乗りのSO1221ジンに改良され、53年12月16日に初飛行する。そして1957年8,458mまで上昇して非公式ながら高度記録をつくると共に、フランス政府の型式証明を取得、58年には米政府の型式証明も認められた。これが史上初めて実用化されたタービン・ヘリコプターで、1960年末までにフランス軍を中心に民間向けも含めて大量180機が生産された。
ジン・ヘリコプター
アルウェット・ヘリコプター しかしジンはタービン・エンジンの燃費が多く、操縦性にすぐれず、速度も120km/h程度であった。そのため同機の改良に踏み切るかどうかSNCASOが逡巡している間に、SNCASEとの合併が決まり、1957年シュド・アビエーションとして再発足することになった。
新会社はSNCASEが開発してきた新しいアルウェットUに重点を置く方針を定めた。同機はアルウェットTを大きくして5人乗りとし、タービン・エンジンを装備したヘリコプターで、原型機は1955年3月12日に初飛行している。
フランス政府の型式証明が交付されたのは1957年5月2日だが、翌58年6月には軽量・強馬力というタービン機の特性を生かして高度10,984mまで上昇するなど、5種類の国際公式記録をつくった。その後アルウェットUは、当初のアルツーストUエンジン(406shp)を1961年アスタズーUA(530shp)に換装、出力3割増、燃費3割減となって1964年に型式証明を取得した。
こうしてアルウェットUは1975年頃まで生産が続き、最終的に1,300機ほど製造され、大きな成功を収めた。それに刺激されて英国ではウェストランド・ワスプ、ドイツではベルコウBO105といったタービン機の開発がはじまる。
さらにシュド社ではアルウェットUを一と回り大きくした7人乗りのアルウェットVが実現する。エンジンはアルツーストV(870shp)。初飛行は1959年2月28日だが、それから間もなく最大全備状態でモンブランの頂上に着陸してみせた。同機は1979年の生産終了までに1,437機がマリニアンヌで製造された。ほかに約500機がルーマニアとインドでライセンス生産されたから、総生産数は2,000機に近い。
アルウェットU
パイロット単独のIFR機「ガゼル」 アルウェットUのもう一つの後継機は、5人乗りのSA341単発タービン機である。1967年4月7日に初飛行した原型SA340は、まだ通常の尾部ローターをつけていたが、1年後の68年4月17日に飛んだ量産型SA341は外観が空力的に整形され、尾部ローターも「フェネストロン」に置き換えられ、いかにも近代的なヘリコプターが誕生したことを印象づけた。
同機は「ガゼル」の愛称が与えられ、71年からアスタズVエンジン(590shp)を装備して量産がはじまった。量産機はフランスばかりでなく、イギリスの陸海空軍も大量に採用した。それというのも構造が単純で整備費がかからず、速度性能にもすぐれていたためで、1971年には312.7km/hの公式記録をつくっている。
民間向けSA341Gは1972年に型式証明を取得、75年にはFAAから「シングル・エンジン、シングル・パイロット」の計器飛行を認められた。パイロット単独のIFR機は、ヘリコプターとしては初めてである。
ガゼル
AS350シリーズの系譜 こうしたアルウェットやガゼルの系譜につながるのがAS350エキュレイユ単発機である。原型AS350CはライカミングLTS101ターボシャフト・エンジンを装備して1974年6月に初飛行、AS350Bはチュルボメカ・アリエルをつけて75年2月に飛んだ。
以来AS350シリーズはエンジンが5種類で、7種類の派生型が誕生した。総重量も当初の1,900kgから2,250kgに増え、エンジンの離陸出力は592shpから847shpまで強化された。
7種類の派生型とは、最初が北米向けのAS350CアスターでLTS101-600A2エンジンをつけていた。次のAS350Bはアリエル1Bエンジンをつけ、北米以外の全世界に向けたもの。
AS350CはすぐにLTS101エンジンの出力が強化され、AS350Dに変わった。AS350Bも間もなく、AS350B1に変わる。これはエンジンがアリエル1Dに変わると共に、ローターブレードもAS355双発機と同じ大きなものを採用した。
AS350B1は、やがてB2に変わり、アリエル1D1エンジン(732shp)を装備、総重量も増えた。さらにAS350BAが登場する。ローターシステムが新しくなり、総重量がさらに増大した。
1998年には強力なAS350B3が出現する。アリエル2Bエンジン(847shp)を装備して、出力がB2の16%増となった。このエンジンにはAS350系列としては初めてFADECがつき、エンジン操作が楽になると共に、エンジン反応が速くなり、常に最良のエンジン性能を引き出せるようになった。これで小型ながら、気温や高度や重量を気にすることなく、力強い運搬作業をすることもできるというわけである。
かくてAS350シリーズは、これまで3,400機近くが生産され、引渡された。
近代的なEC130B4 ここまできたユーロコプター小型機は、アルウェットUがVへ発展したように、再び大きくなる。市場調査によって、顧客が7〜8席機を望んでいることを知ったからである。
そのEC130B4が初めて公開されたのは2001年2月の国際ヘリコプター協会(HAI)年次大会であった。AS350B3から機体構造の主要部分と主ローター、エンジン、操縦系統を取り入れながら、横幅を大きく広げ、AS350のキャビン幅1.87mに16cmを加えて2.03mとし、長さも0.3mほど延ばした。これで座席数はパイロットを含めてゆったり7人乗り、最大8席とすることが可能となった。
そのうえ尾部にはEC135のフェネストロンを準用し、AS355Nから2重油圧系統、EC120Bからキャビン構造とスライディングドアを採り入れた。またエアコンも新しくなり、窓外の視界も広くなった。
エンジンはAS350B3と同じチュルボメカ・アリエル2B1ターボシャフトが1基だが、2重チャネルのFADECがついたために、エンジン始動が簡便になった。さらにFADECは巡航飛行中、主ローターの回転数を自動的に3.5%ほど落とす。これだけで人の耳に聞こえる騒音はAS350にくらべてはるかに静かになった。
飛行はスムーズで、130ktまで加速しても振動はない。安定性も良くて、増安定装置やオートパイロットがないにもかかわらず、手放しでも飛行姿勢は変わらない。
EC130B4の最大離陸重量は2,400kg。AS350B3より150kg大きい。また標準装備状態での有効搭載量は1,040kgである。搭乗者の体重を1人77kgとして7人分の重量539kgと満タンの燃料440kgを差し引いても、まだ61kgの余裕が残る。言い換えれば満席満タンでも最大全備重量に達しない。この余裕こそは大きなセールスポイントといえよう。機外吊下げ重量も1,160kgでB3と変わらない。
逆に、機首の横幅が大きくなったために、多少とも抵抗が増したことは確かである。その分だけ速度が遅くなるわけで、実際にEC130B4の巡航速度は最大離陸重量で131ノット。AS350B3よりも9ノット遅い。また巡航速度の遅い分だけ航続距離も短く、AS350B3の6%減となっている。
こうしたEC130B4は2000年12月に型式証明を取得した。量産機の引渡しは2001年6月からはじまり、最近までに60機余りが出荷されている。
ユーロコプター機は、もとより小型機ばかりではない。ヘリコプター・メーカーとしては小型から大型まで最も豊富な品揃えとなっている。現状は上の小型機に加えて、小さい方からEC120B、EC135/635、EC145/BK117C2、EC155/655、EC225/725、そしてタイガー攻撃機やNH90輸送機などが見られる。それらについては稿を改めてご紹介することにしよう。
EC130B4
ユーロコプター・フランス社の足跡と各機の初飛行年
年 足 跡 初 飛 行 1936 SNCASEとSNCASO発足
1948
SE3101
1951
アルウェットT
1953
SO1221ジン
1955
アルウェットU
1957 シュド・アビアシオン社発足(SNCASEとSNCAS O合併)
1959
アルウェットV
1965
SA330ピューマ
1967
BO105
1968
SA341ガゼル
1970 アエロスパシアル社発足
1974
AS350C
1975
AS350B、AS365/366ドーファン
1978
AS332シュペルピューマ
1979
BK117、AS355
1987
AS332シュペルピューマMk2
1991
タイガー攻撃機
1992 ユーロコプター社発足(アエロスパシアル社と独MBB社合併)
1994
EC135
1995
NH90
1995
EC120Bコリブリ
1997
AS350B3、EC155
1999
EC145
2000
EC130B4、EC225/725クーガー/シュペルピューマMk2+
EC130B4(西川 渉、『航空情報』2004年1月号所載)
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