<ヘリコプター救急>
急増するドイツの拠点と実績 ドイツ自動車連盟(ADAC)から、6月に発行された機関誌「ADAC Luftrettung」(航空救助)という小冊子が送られてきた。この中の「出動統計2002」という頁を見て驚いたのは、拠点数が69か所に増えていることである。
前年は何か所だったのか、昨年の本誌が手もとにないので分からないが、その前の2001年発行誌では拠点数が51か所であった。手もとにある過去数年間の同誌から2年おきの数字を拾うと下表のようになる。
ドイツの救急ヘリコプター出動実績と拠点数
この表で見ると、2000年から2002年にかけて拠点数と出動回数が急増したことが分かる。拠点数は51か所が69か所へ、わずか2年間で18か所も増えた。出動回数も2割以上の増加である。1か所平均の出動回数も年間1,100件を超えている。
こうした増減のもようを運航機関別に見ると、国の機関である防災局は変わらず、国防軍の拠点数は減った。その分を民間に委譲した形だが、民間側の増加ぶりは委譲分を大きく上回る結果となっている。すなわちADACの拠点数は19か所から24か所へ5か所が増え、出動回数も2割の増加となった。
さらに大きな増加はドイツ・エアレスキュー(DRF)の拠点数で、2年間で倍増した。出動も6割増しである。その結果、出動回数ではまだADACに及ばないが、拠点数は追いついてしまった。この調子でゆけば、いずれDRFがADACを追い抜くかもしれない。
ADACについては、日本でもよく知られている。ヘリコプター救急の模範的な方式をつくり出し、ドイツ航空医療の普及と運営に関する中心的な役割を演じてきた。その最高権威に向かって肉薄してきたのがDRFにほかならない。
DRFは1973年、ADACの運航開始にやや遅れて発足した非営利のNPO法人である。救急専門医を初め、パラメディック、パイロット、整備士、運航管理者などを擁し、現在は43機のヘリコプターをもって国内各地の拠点に待機している。パイロット数は70人以上。運航は昼間のみだが、一部の拠点では夜間飛行もおこなう。
ほかにリアジェットなど、3機の救急専用ジェットをもって、国際帰還搬送のために世界中を飛び回っている。
その実績を見ると、2001年は協力企業2社の分も合わせて、28か所から25,643回出動し、収入はおよそ5,500万ユーロ(約75億円)だった。そのうち75%が出動に伴う健康保険や医療保険からの受け取り金だが、これだけでは経費をまかなうことができない。そこで協賛会員を募集することになる。2001年の会員数は21万人余りで、会費収入が全体の19%を占める。残りは寄付だそうである。
結果として、5%の剰余金を上げている。企業でいえば経常利益に相当するものであろう。この運営実態はスイス・エアレスキューREGAにも似ているように思える。
ドイツのヘリコプター救急は1990年代末期から2000年にかけて、拠点数が全国50か所前後、出動回数が1か所千件余り。私などは、この体制でほぼ完成したのかと思っていた。ところが、その後わずか2年間で再び急増したのである。
ということは「五十か所・千件」程度ではまだ不充分だったのかもしれない。言い換えれば、ドイツのヘリコプター救急はますます普及し、濃密化し、一般化しつつあることを示すものであろう。
その背景にあるのは何か。やはり保険制度がうまく機能しているからではないか。つまりヘリコプターの運航費が、日本でいう健康保険を中心とする各種の社会保険や医療保険によってまかわれているためである。
ヘリコプター救急システムを国や自治体の予算だけでまかなう場合、よほど強力な政策や方針が維持されない限り、拡大のためのインセンティブ(誘因)が働きにくい。とりわけ財政上の余裕がなくなると、既存の救急車による救急体制だけで間に合うといった考えが頭をもたげる。
しかしヘリコプターの運航費が保険から出ることになれば、飛べば飛んだだけの収入が上がるので、増加の誘因が働く。もとより実際は、無駄な支出を防ぐために何らかの規制を設け、無用の飛行には保険金が出ないといった評価の条件をつけておく必要があるし、ドイツでも保険の査定はきびしくおこなわれている。
また救急ヘリコプターの運航が認められている企業や団体も、きわめて少ない。各州政府のきびしい審査を受けて、それに合格しなければならないからである。
日本のドクターヘリが発足から3年余り。わずかに7機が飛びはじめただけで足踏み状態に陥っているのに対し、30年余の歴史を経て完成の域に達したかと思えたドイツのヘリコプター救急が今なお急膨張をしているのは何故か。そこには単に国民の理解とか人道的な精神だけでは片づけられない何かがあるはずで、もっと詳しい実情を知りたいと思う。
(西川 渉、『日本航空新聞』003年8月28日付掲載)
ADACのEC145(左)とEC130(右)(表紙へ戻る)