<航空の安全>

コンピューターと犬

 

 スイスのジュネーブにある航空事故記録事務所の集計によれば、2002年の航空事故による死亡者は1,379人で、1947年以来最も少なかったという。また、この1年間の死亡事故は154件で、1965年以来の最低記録となった。このうち3件が航空機どうしの空中衝突である。

 集計の対象になったのは6人乗り以上の民間機、自家用機、救難機、貨物機、軍用輸送機である。事故機の79%がターボプロップ機。残りはジェット機で、ヘリコプターは含まれていないらしい。

 2002年中の最大の事故は5月25日、台湾で225人が死亡したもの。機体は中華航空のボーイング747-200である。2番目は5月4日、ナイジェリア国内線のジェット旅客機の墜落で、149人が死亡した。

 また事故総数のうち約4分の1はアジア地域で発生しており、前年より15%ほど増えたとか。45%は北米と南米での事故だが、14%減少した。うち46件が米国での事故である。ほとんどは小型機の事故で、死亡者は総数64人。米国内最大の事故は10月25日、8人が乗ったチャーター機の墜落で、乗客の1人は上院議員であった。定期便の死亡事故は皆無だったという。

 2002年の事故が少なかったのは、前年の9.11テロの影響で飛行機に乗る人が少なかったからかもしれない。しかし、事故の減少傾向――言い換えれば安全性の向上は4年前から続いており、航空事故は世界的に減りつつある。

 ちなみに日本では、定期航空の墜落死亡事故が1985年8月12日の御巣鷹山における日本航空747以来20年近く皆無で、先進諸国の中の模範記録となりつつある。

 ところで、2002年の事故で注目を集めたのは7月1日夜、ドイツ南部の11,000m上空でロシア・バシキール航空のツポレフTu-154M旅客機(乗客57人、乗員12人)と米DHL貨物運送会社のボーイング757貨物機(乗員2人)が衝突、乗っていた71人が全員死亡という惨事である。

 この事故は、双方の機体が衝突防止装置(TCAS)を搭載しており、本来避けることができるはずだった。では、なぜ衝突したのか。2機が近づいたとき、757のパイロットはTCASの指示によって降下すると無線連絡をしている。このとき相手側のTu-154も降下を開始した。この降下が管制官の指示によるものか、ほかの何らかの理由――たとえばTCASが正常に作動しなかったのかどうか、今のところ明確ではない。しかしTu-154も最新の装置を搭載しており、パイロットも英語に堪能だったようで、恐らくは管制官の指示が間違っていたのではないかと見られている。

 とすれば、7月12日に公表された日本の事故調査委員会の報告書が、もう2週間も早く出ていればドイツの事故は防げたかもしれないという意見がある。この報告書は前年発生した日本航空機同士のニアミスに関する調査結果で、この事故も管制官の指示とTCASの指示が食い違ったものであった。

 ニアミスの内容は、ご承知の通り2001年1月31日、羽田空港から沖縄へ向かう日航機と韓国釜山空港から成田空港へ向かう日航機が静岡県焼津沖上空で接近した。このとき管制官は便名を間違えて1機に降下の指示を出した。そのため接近中の2機は双方ともに降下する結果となり、TCASが作動した。しかし降下の指示を受けた機長は、TCASの上昇指示に反して降下を続け、最終的に異常接近に気がついて急操作をした。これで衝突は免れたが、乗客乗員数十人が重軽傷を負った。

 このように、管制官の指示と機械の指示が相反した場合、接近する航空機の一方が管制官にしたがい、他方が機械にしたがえば、上述の二つの事例に見られるように衝突の危険が生じる。そこで、事故調査委員会は国際民間航空機関(ICAO)と国土交通省に対し、ニアミスや空中衝突防止のためには、必ずTCASの回避指示に従うよう勧告を出した。

 このことは単に人間の方に間違いが多いとか、機械と人間のどちらが偉いかといった問題ではない。世界中の航空機やパイロットが判断の基準を統一しておかなければ危険を招くからで、委員会の勧告もそれゆえ国際的なものとなったのである。

 機械と人間との齟齬は1994年4月26日、名古屋空港で台湾中華航空のA300-600R旅客機が進入中、着陸に失敗して墜落炎上した事故で大きな問題となった。この事故は乗っていた271人中264人が死亡したものだが、機械が人間の意思に従わないのはおかしいという議論が大勢を占めた。

 しかしコンピューターの信頼性が低かった昔はともかく、それが高くなってくれば、少なくとも決まり切った作業に関しては自動操縦の方が誤りは少ない。人間はどうしても失敗をする。特に非常事態におちいって、咄嗟の判断をしながら、次々と緊急操作をしなければならないようなときは、間違いを冒しやすい。

 この問題は『エアバスの真実』(加藤寛一郎著、講談社)に詳しいが、航空機の制御系が故障する確率は1機につき10の9乗だそうである。仮に千機が毎日休みなく飛びつづけても、故障は100年に1度であり、1日平均8時間ずつの飛行ならば地球上で300年に1度の故障ということになる。言い換えれば、絶対に故障しないのである。

 コンピューターがここまで信頼できるならば、人間としては口惜しいけれど、機械の言うことを聞く方が確実かもしれない。


(最新鋭旅客機のコクピット――パイロットがいないのに飛んでいる)

 かくて、昔から言い古された笑い話が現実味を帯びてくる。将来の飛行機は人間と犬がコクピットに乗り組むようになるだろう、と。犬は人間が操縦桿にさわろうとすると噛みつくように訓練されている。では、人間は何をするのか。いうまでもなく、その犬に餌をやるのである。

(西川渉、2003.1.9)

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